母が乳がんになった

「突然なんだけど、乳がんでした。来週手術をします。」

 

本当に突然こんなメールが母からきた。

メールを見たあとすぐに私は母に電話をかけた。

「大丈夫???」って言葉がでたけど大丈夫じゃないよな。

どんな言葉をかけたらいいのかわからなかった。

とにかく私は泣かないように必死で話していた。

頭の中にうかんでくる少ない言葉をつなぎあわせて

「お母さん、今はがんで死ぬ時代じゃないからね」

こんなふうに言うのが精いっぱいだった。

電話を切ったあとボロボロに泣いた。

初めて母の死というものを身近に感じてこわかった。

でも母はきっとそれ以上にこわかったと思う。

 

母はある日乳頭からの出血に気がついて病院を受診した。

結果は乳がん。しかもかなり進行していた。

乳がん検診は10年以上も受けていなかったそうだ。

過去の検診時に乳房に良性のしこりがあって、それ以来全く検査してこなかったと。

なんで検診行ってなかったの?

なんで私は母に検診受けているか聞かなかったのか。

あのときもあのときもずっと母の胸にはがんがあったのかと思うといろんな後悔がおしよせてきた。

 

そして手術日当日。

予定よりだいぶ時間がかかったけど、無事に手術は終わった。

がんが進行していたので母の乳房は全摘出となった。

手術直後、まだ麻酔がきいていたけど母は「痛いよ痛いよ…」とうわごとを言っていた。

本人はそんなことを言った記憶はないらしい。

 

手術が終わって母は元気だった。

それはもうピンピンに。

みんなで焼き肉を食べにいけるくらい元気だった。

でも抗がん剤治療が始まるとそれは一変した。

吐き気、頭痛、めまいで母はとてもつらそうだった。

母の髪の毛はごっそり抜け落ちて、兄がかつらを用意してあげた。

髪の毛が抜けた母の頭を見るととても胸がいたかった。

 

長い長い闘病生活。

抗がん剤が終わるまであと何回、何か月と指折り数えていた。

そして約1年の抗がん剤治療がようやく終わった。

それからは数か月おきの検査となり、母には本当にお疲れ様でしたという気持ちだった。

髪の毛はもうすっかり元通りでかつらも必要なくなった。

 

この7月で母の乳がん手術から3年になる。

母は今でもとても元気だ。

今は母とその仲良し姉妹と一緒にシンガポールへ旅行に行っている。

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現地から送られてきた写真。セレブかよ。

3年前のことがうそみたい。

 

母は最近とてもアクティブだ。

初めてタブレットを購入し、使い方を私に聞きながらラインを使うようになった。

ラインで写真をやりとりしたり、たまに娘とテレビ電話したりしている。

父とはよく旅行へ行くようになった。

「残りの人生はおまけなのよ」

そのおまけを最高にたのしんでいるように見える。

 

母は今も数か月おきに病院で検査をしている。

体温が34度台だったり、すい臓に小さなのう胞があったりと、正直不安なところもあるけど、母とお医者さまを信じるしかない。

どうかこれからも健康で元気に生きてほしいと思う。